*All archives* |  *Admin*

2017/10
<<  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  >>
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
田舎と彼女と焚き火と僕
ふくら雀がチヨチヨと鳴きながら飛び跳ねて電線を渡る早朝の冬、
僕と彼女は人気の無い道路を公園に向かって歩いていた。
道路に積もった雪を踏みしめる音、小鳥のさえずり、冷たい風のそよぎ。
露出した頬をチクチクと刺す冷えた空気に浸透する環境音は、
そのどれもが、ここがまだ田舎であることを強く思い知らせる。

県の中心部に近い地域は徐々に開発が進んでいるらしいが、
政令指定都市の腰巾着にもなれない小規模経済圏の片隅に生えた
田舎地域の世話なんかを県知事はしたがらないようだった。
ここは閑散としながらも住宅地だから幾らかまともに見える。
けれども町の中心部から四方にほんの十数キロ進めば景色は一変する。
居住地の端から見渡せるのは視界一面に広がる田んぼばかりだ。

人によってはそれを原風景と呼んで喜ぶだろうけれど、
僕にはその景色を含めた田舎の諸々が体に合わなかった。
もっとはっきり分かりやすく言うと、僕は田舎が嫌いだった。

踏み固められた雪道を公園の垣根に沿って歩く。
僕らは角をひとつ曲がると見えてくる入口から公園に入った。

「わあ、懐かしいね」

彼女が喜びと懐かしみを混ぜた驚きの声を上げたのは、入ってすぐだった。
そちらに目を向けると青塗のペール缶がぽつんと雪の上に放置されていた。
彼女がペール缶のどこに懐かしさを感じたのか疑問に思ったが、
丸い口から上る煙に気づいてすぐにそれは解消された。

誰が火を焚いたのか、缶の中でたき火が起こされていたのだ。
火はペール缶の内壁を焦がしながら、溜めこまれた枯れ葉を焼く。
焚き火の主は、監視と管理の義務を怠って席を外しているらしい。
身を隠せそうなオブジェや遊具、物置などは園内に設置されていない。
何かの用事を思いついて公園外に出て行ってしまったのだろうか。

「缶に触るなよ。倒れたら危ない」
「そうでもないよ。生垣、遠いし」
「君が火傷したら大変でしょ」
「そっか」

火を焚いた人間は持ち場を離れる無責任さではあるが、
他の樹木に燃え移りにくい開けた場所を選ぶ配慮はしていた。
ただ単純に、公園の隅だと狭くて暖が取りにくいという
理由であったとしても、火災の危険が無いなら真相はどうでもよかった。

冷気を押しのける火の温度に誘惑された彼女が、
僕の隣から離れてペール缶へと駆け寄る。
毛糸の手袋を外して束ね、外套のポケットに片付けると、
両手で空気の暖まり具合を確かめてから僕に手招きした。

「あたろうか」

独特の抑揚のある、各拍の節目を間延びさせた声で誘う。
それはまだ幼かった頃の僕の記憶を引き出そうとする響きだった。
題名は忘れてしまったけれども、歌詞の一部だった気がする。

「あたろうよ」

うろ覚えで歌詞の続きを口にすれば、彼女が満足そうに微笑んだ。
僕もペール缶を挟んで彼女の正面に立って、
すっかり冷え切った手を前に出して陽炎にかざした。
家を出てから公園に来るまでの道のりですっかりと
凍えて冷たくなってしまった肌全体を暖かい空気が包み込んだ。

「春なんてすぐだよね」

僕たちの間にあったしばらくの沈黙は、てっきりお互いが
焚き火に夢中になっていたからだと思っていた。
だから彼女らしくない元気の欠けた声を不思議に感じて顔を上げたとき、
もっと違う、別の言いたい何かを隠した目が寂しそうに僕を見つめていた。

どう答えるのが正解なのだろう。
もうすぐ春が来るのは間違いない。
けれども彼女の表情を見ていると、ただ純粋に
それだけを尋ねているとは到底思えなかった。

春が来れば、僕は進学を決めた県外の大学に通い始める。
それは必然的にこの故郷を離れることを意味していた。

大学から合格通知が届いたのを報せたとき彼女は、
僕を都会に行かせると地元を捨てて二度と帰ってこなくなるんだ、
と泣きだした。
その場ではなんとか彼女を宥めて泣き止ませたものの、
帰ってこないわけではないの一言も言えなかった。
未だにそれが尾を引いているのかもしれない。

しかし、彼女には申し訳ないけれども、田舎に対する意識は
昔と比べて文句を言わなくなった今でも変わっていなかった。
僕はあの頃から今の今まで、田舎が嫌いなままだった。

外の世界と永遠に隔絶され続ける孤独感。
箱庭のような場所で生涯を終える恐怖感。
そして何よりも、広大な田んぼと視界を遮ってそびえる山々を眺めていると、
潮と風に浸食されて突き出た崖の先端で沖合から押し寄せる大津波を
無抵抗に見つめているような手に負えない大きすぎる絶望が迫ってくる錯覚が怖かった。

「すぐだよ、帰ってくるのも」

彼女の物言いたげな目に気まずくなって視線をそらす。
苦し紛れに出てしまったのは、嘘になるかもしれない約束だった。
その場しのぎの言葉に彼女が満足してくれるとは思えなかった。
だけども彼女がそれについて何か言ってくることはなかった。

本当にすぐに帰ってくるのかを聞いてこなかったのは、
僕自身がまだ悩んでいるのを見抜いていたからだろう。

「すぐだよ」

もう一度だけ僕は答え、春には渡ることになる空を見上げた。
スポンサーサイト
プロフィール

aono◆Memo/g4n8M

Author:aono◆Memo/g4n8M
頻繁に深夜徘徊しています。
見かけたら威勢よく叩いてあげてください。
そしたらたぶん萎れます。

Twitter
@Memo_g4n8M

検索フォーム
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。